迫りくる天体:脅威と対策

小惑星衝突を防ぐ世界の取り組み:DARTミッションと惑星防衛の最前線

Tags: 小惑星, 衝突回避, DART, 宇宙ミッション, 惑星防衛

宇宙には無数の小惑星や彗星が存在し、その中には地球の軌道に近づく「地球接近天体(NEO: Near-Earth Object)」と呼ばれる天体も含まれています。ごく稀ではありますが、これらの天体が地球に衝突する可能性も指摘されており、その脅威は無視できません。

しかし、人類はこの潜在的な脅威に対し、何もせずにいるわけではありません。科学者たちは天体の監視を続け、そして万が一の事態に備え、その軌道を変えるための研究やミッションを進めています。この記事では、地球を小惑星の脅威から守るための具体的な取り組み、特に近年注目を集めたDARTミッションとその後の惑星防衛計画についてご紹介します。

地球衝突の脅威と対策の必要性

恐竜絶滅の原因とされるような大規模な天体衝突は、数千万年から数億年に一度の出来事だと考えられています。しかし、それよりも小さな天体でも、衝突すれば局地的に甚大な被害をもたらす可能性があります。例えば、直径数十メートルの小惑星が都市部に落下すれば、その破壊力は核兵器にも匹敵すると言われます。

このような脅威から地球と人類の活動を守るため、天文学者たちは地球接近天体の発見と軌道計算を行い、潜在的な衝突リスクを評価しています。これは、いわば「宇宙の交通整理」のようなものです。そして、もし将来的に地球と衝突する可能性のある天体が発見された場合、その軌道を変更して衝突を回避するための技術が必要になります。

衝突回避技術の基本的な考え方

小惑星の軌道を変えるための技術はいくつか研究されていますが、基本的な考え方は「天体に力を加えて速度や進行方向をわずかに変化させる」ことです。宇宙空間では抵抗がないため、たとえごく小さな力の変化でも、長い時間をかければ天体の軌道を大きく変えることができるのです。

代表的な衝突回避技術候補としては、以下のようなものがあります。

これらの技術は、小惑星の大きさや種類、そして衝突予測までの時間などに応じて使い分けられると考えられています。

実証された衝突回避技術:DARTミッション

「運動量付与」の技術を実際に宇宙空間で実証したのが、NASA(アメリカ航空宇宙局)が実施したDART(Double Asteroid Redirection Test:二重小惑星方向転換試験)ミッションです。

このミッションのターゲットは、地球から約1100万キロメートル離れた場所にある連星小惑星「ディディモス」とその周りを回る小さな衛星「ディモルフォス」でした。直径約780メートルのディディモスに対して、ディモルフォスは直径約160メートルと、将来的に地球に衝突する可能性のある小規模な小惑星を模したサイズです。

2022年9月26日(日本時間27日)、DART探査機は秒速約6.1キロメートル(時速約2万2千キロメートル)という猛スピードでディモルフォスに意図的に衝突しました。これは、まさに「宇宙ビリヤード」を現実に行ったようなものです。

衝突の結果、ディモルフォスがディディモスの周りを回る周期が、計画していた約10分を大きく上回る、約32分も短縮されたことが確認されました。この成果は、探査機を衝突させることで小惑星の軌道を実際に変更できることを世界で初めて証明した歴史的な一歩となりました。

DARTに続く国際協力:Heraミッション

DARTミッションによって運動量付与の効果は実証されましたが、衝突によってディモルフォスの表面や内部がどのように変化したのか、正確な質量や構造はどうなっているのかなど、詳細なデータはまだ不足しています。

そこで、欧州宇宙機関(ESA)は、DARTミッションの衝突現場を詳しく調査するためのHera(ヘラ)ミッションを計画しています。Hera探査機は2024年に打ち上げられ、数年かけてディディモスとディモルフォスの元へ向かい、衝突によってできたクレーターの形状、ディモルフォスの正確なサイズ、質量、内部構造などを詳細に観測する予定です。

Heraミッションのデータは、DARTの衝突効果をより深く理解し、将来の惑星防衛ミッションの精度や信頼性を向上させるために不可欠となります。DARTとHeraは、惑星防衛という共通の目標に向けた国際協力の象徴と言えるでしょう。

今後の展望と継続的な取り組み

DARTミッションの成功は、小惑星衝突という脅威に対する人類の対策能力を大きく前進させました。しかし、惑星防衛は単一のミッションで完結するものではありません。

今後も、地球接近天体の発見・追跡網の強化、衝突回避技術の研究開発、そして国際協力体制の構築・維持が重要となります。例えば、将来のより大きな小惑星に対応するための技術や、衝突までの時間があまりない場合にどう対処するかなど、まだ多くの課題が残されています。

宇宙からの脅威は確かに存在しますが、同時に人類はそれに対抗するための確実な一歩を踏み出しています。科学技術の発展と国際的な連携を通じて、私たちは未来の世代のために地球を守る努力を続けていく必要があるのです。